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抱きしめられるたびに幸せを感じて、


キスする度に愛を感じて、


アタシは、幸せものなのに。


不安で不安で仕方ないのは我儘ですか。
泣きたくて泣きたくて仕方ないのは自己中心的ですか。


アタシは、

ただの幸せものです。


いまだ夢見がちな女な自分です。
2009.09.22 | 前進 | Comment:0 | TrackBack:0
言葉を綴らなくなってから長い期間が空いちゃった。



誰にも言えない言葉を
誰にも出せない手紙として始めたブログ。約2年半。


その中でトシに恋して約2年。


アタシの醜くて汚い恋は
トシの暖かな腕の中に包まれて。


今でも、いや、今な、ら。
胸を張って言えます。


アタシ、トシが大好きです。


トシに

「一緒居たい」

って言われたときはこの世の終わりかと思うくらい、
この世の終わりでいいと思ったくらい、
幸せで。世界一幸せで。


2年の恋が実ったことを、このブログを一度でも読んだことのある方に伝えたくて。
それが意味のあることでも、意味のないことでも。


あんなに諦めたかったこの気持ちが、
今ではアタシをこんなにも満たしていてくれています。


色んな方に、胸一杯のありがとうを。



そして、これからも出せない手紙を見てくれる方に、
よろしくお願いします、を。






どんなに醜くても、汚くても、諦められない恋は、
本物なんだ。叶うんだ。
2009.09.15 | 未分類 | Comment:1 | TrackBack:0
終末のフールが現実だったら。

いっそ全て嘘偽りで作られてはちゃめちゃな世界の方が楽なのかもしれない。
信じられるもの何一つなくて
恐れるもの数知れずの世界なら
奴にすがって生きられるかも知れない。

なんてことを考えて。

時間経って少し落ち着きました。

前回書いた日記までならアタシは世界一幸せ者やと思う。
でも違う。
抱きしめられてキスして。
好きだって。
アタシのこと好きだって。
ああ、夢なんじゃないか。
それで家に帰ろうとしたけど流されて奴んちに。
結局奴んちでやってしまったわけで。
でも死ぬほど幸せだったわけで。
そして死ぬほど後悔の嵐。
二人でお互いアホやアホやと。
でも久し振りにみた。
アイツの安らいだ顔。
一瞬でもあんな顔見れたならアタシの存在価値はあったんやと思う。
そして初めて見た。
あんな泣きそうなくらいに厳しい顔。
公開に満ちた顔。
きっとアタシはこれを奴のせいだけにするんだろう。
アタシだって悪いのに。
だからあたしは何も言わずに笑うんだ。
付き合っても、付き合わなくてもアタシは傷つくんだ。
だからせめて、一緒に居られるときぐらいは笑っていよう。
たとえ乾いた笑いでも笑っていよう。
ああ。
一緒にいられるだけで幸せだったのに。
好き同士なのに付き合えないってこと、
あるんやね。



(ああ、今のおれは世界中に見捨てられてみたい気分さ。真実さえ、悲しみさえ、売り飛ばして。)(9mm Parabellum Bullet)
2009.07.08 | 停滞 | Comment:0 | TrackBack:0
ずるいずるいずるいずるい。
もう諦めてたのに。
もう諦めてたのに。
逢って、話してたら、やっぱり好き。
忘れたくても、忘れられなかったよ。
あんなに触れあってたのに。
あんなに一緒にいたのに。
酔った勢いなんて言わせない。
アタシは酔ってない。
トシも酔ってない。
シラフな二人が手つないで散歩して。
アタシは拒むわけじゃなく。
そして初めて抱きしめられて。
幸せで幸せで幸せで幸せで。
泣きたかったけど、酔ってるふりしてあはあは笑ってた。
それは奴も気付いてたわけで。
ああ、
ああ、
アタシ、
トシに愛されてた。
ほんとに、ほんとに。
奴からあふれ出すアタシへの愛が幸せ過ぎて、
明日世界終了のお知らせが来ても、
はい、わかりましたって返事できるくらい幸せ過ぎて。
でも、
ずるいよ。
ずるい。



(一人になると考えてしまう、あの時私、忘れたらよかったの?)(HY)
2009.07.07 | 後退 | Comment:1 | TrackBack:0
ああ、脳死は人の死に決定しそうなん?
まだニュースみてないから詳しいことはわからないけど。
脳死は人の死かなんて何度議論を重ねたって出てこないよ。
脳死と判定されても涙は出るし、髪も伸びる。
もし、臓器移植の時に臓器を切りだす時、麻酔をしないと体は暴れる。
から、麻酔をする。
生きてるやん。
まだあったかいのに死んでるって判定しちゃうの?
生きてるってなんだろう。
人として生きるってことはなんだろう。
意識を鮮明に保っていること?
人は考えることを辞めたとき、死を迎える。
どっかでそう聞いた。
だから脳死は人の死って決めるのもわかる。
アタシも脳死は人としての死だと思ってる。

でも、学校の先生について行って、
実際に植物状態の患者を見た時に、
これをどう死んでるって判断するんだろうと思った。
ただ、寝ているだけ。
ただ、目を覚まさないだけ。
一生、寝ているだけ。
いつか衰弱して死を迎えるのだろう。
そんな患者を目の前にしてアタシは何もできなかった。
ただ先生と家族の会話を聞いているだけ。
微弱ながらも自発呼吸を繰り返して、
電子機器にたよりながら生きている姿。
とても弱弱しかったけど生きているとしか思えなかった。

なんだかまとまらないけど、
永田町の人間がどれくらいの割合でドナーカード持ってるの?
移植に携わってる医療人のドナー登録率の割合の低さわかってるの?
植物状態の患者を実際にみたことのある永田町の人間はどれくらいいるの?
みたこともないのに決める権利あるの?
アタシは医療人の卵としてたまたま見る機会を得たけど、
椅子に座って仕事している人間が現場に出向きもしないで
脳死を人の死と判断する権利はどこにあるの?
永田町でしか決めることができないんだけどね。

因みにアタシはその患者をみたあとに、
ドナーカードを郵便局にもらいに行きました。
脳死の判定に従っての欄には全て×、
心臓停止後に、腎臓、膵臓の欄に○してます。
家族の署名もらうのに大変でしたが。
でもお母さんも持ってて、
見せてもらったら、
脳死の判定に従って、心臓、肝臓、腎臓、
心臓が停止したら、腎臓、膵臓、眼球に○してありました。
お母さんが死んだら、なにもなくなっちゃうのかなと思うと少し哀しくなりました。

なにがなんだかわからなくまとまらなくなっちゃったけど、
脳死は人の死かどうかが巷で話題だったので乗っかってみました。


(出会ってくれてありがとう、愛してくれてありがとう、こんなおれの傍に居てくれてありがとう、)(AJISAI)
2009.06.19 | 生活 | Comment:0 | TrackBack:0